2006年11月9日木曜日

「クジラをおかずに、あっという間にご飯三杯」(小泉武夫)‥‥ホントにお止めになった方がいい!



今晩の日経「食あれば楽あり」コラムで小泉武夫さん。クジラはうまいと牽強付会されているが、無理があるように思う。また、ご自身も健康診断を受けられた方がいい。

クジラは小さいときにしょっちゅう食べた。それしかタンパク源はなかったから。給食 は言うの及ばず、学校から帰ってからのおやつもクジラのベーコンを挟んだサンドウィッチだった。当時はこれがとても美味しいと思った。でも、懐かしいなぞ とは全く思わない。これしか食べられなかった悲しい時代を思い起こすだけだ。

た まにイナカからおばあさんがやってきて、その度に風呂敷いっぱいの食料品をもらった。戦後の都市部には食料がなかったから、とてもうれしかった。ある時ウ グイのみそ焼きをたくさん持ってこられて、こんなにうまいものは食ったことがないと大喜びで皆して食ったものだ。おばあさんは、イナカではあまり珍重され ない魚だけれどと、なんか都市住民を気の毒がっておられるようだった。うちには親戚に農家が居たことでみな飢えなくてすんだことは感謝しているが、そうい う親戚がなかった家族の多くは飢え死にをした。食料はあっても親戚とかお友達にしか回らなかったのである。こういう時代に戻してはならない。

家の家族がクジラを食べなくなったのは、豚肉を食べられるようになってから。豚肉をはじめて食べた時の感動をいまだに忘れられない。カルチャーショック。

昔 の日本人は、海岸部の特殊な地域は別としてクジラなんかは食わなかった。京都の伝統料理にもクジラはない。戦後の食糧難時代にやむなくとられた国の政策で 国民はいやいやクジラを食べたにしかすぎない。それをエコロたちは「クジラこそニッポンの伝統文化だ」と主張する。笑止千万。だったらオットセイ(トド) やクマ肉ももっと珍重するべきだろう。あっちの方がよほど縄文文化に密接に関連した伝統食材だ。クジラが「ニッポンの伝統食生活だ」と主張することは、 「終戦直後に酒の代わりにみんなが呑んだエチルアルコールや人造米(コメ以外の穀類から工場で作ったコメみたいな食品)こそニッポンの伝統食文化だ」と主 張することに似ている。

野坂昭如なんかの戦後の飢餓生 活を経験した人は、その経験があまりに悲惨だったために、コメこそが大切と主張する。でも彼のやっていることは上手いことの自分だけの農地を確保して(自 分も農民になって)みんなが飢え死にしても自分だけは助かろうと画策するこそくな手段に他ならない。日本国民全員がそれを実行できない以上、まるで見当違 いの解決策だ。

戦後の日本国民が飢えたのは、国際貿易 を禁止されたからである。海外では世界的に農産物が余っていたのに日本では嫁入り時に持ってきた着物を国内農家と大根と交換するしかなかったのだ。そのお 金を貿易に使えば充分な農産物が手に入った。当時大儲けをした農村では、いまだに農産物貿易を禁止することで「夢よもう一度」との願望があるみたいだけれ ど、願い下げだ。国際自由貿易にしか、日本国民が飢えない手段はない。

それはさておき、小泉武夫さん、ご飯を三杯も食べているのはいけません。炭水化物のとり過ぎ。肥満になる上、糖尿病になる。血糖値を測った方がいいと思う。どう見ても成人病の兆候:

小泉武夫さんの写真

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